米農家を営んでいる実家から新米をもらおうと帰省したついでに、暇つぶしに近くの天文台を訪れた。
敷地に入ると間もなく、直径20メートルもあるという巨大なアンテナが遠くに見えた。ときおり「ガーッ」と音を立てて首を振っている。近くで見たらさぞかし迫力があるだろうとアンテナのほうに歩いていくと、衝撃的なオブジェが目に入った。
「ブラックホール」の顔出しパネルだ。そんなバカな。人間はおろか生物ですらない自然現象ではないか。そのうえスケールがデカすぎる。どんな表情で顔を出そうと自然に見えることなどないし、そこから顔を出したところでなんにも見えない。意味も意図もまったく不明だ。あえて言えば、ブラック「ホール」というくらいだから穴が空いていても文句はあるまいという程度だ。ともかくその不条理ギャグのセンスに心底驚いたが、問題はここがギャグをやるような場所ではないということだ。「国立天文台水沢VLBI観測所」という科学の粋を集めた本気度100%の施設なのだ。
裏側だ。所員たちの真剣さは疑いようもない。 pic.twitter.com/QjBxTtYtgz
— 伊藤条太 (@ItoJota1964) October 28, 2020
パネルの裏に回ってみるとブラックホールに関するクイズなどが執拗なまでに平仮名で書かれている。どうあっても未来の科学者たる子どもたちに宇宙の楽しさを伝えようという意気込みが伝わってくる。制作者の真剣さは疑いようもない。その結果がこの「ブラックホール顔出しパネル」なのだ。すごすぎる。
これほどのものなら制作にあたっては、かなりの議論がなされたものと思われる。当然ながら、巨大アンテナの前なのだから、このアンテナの中心からひょっこり顔を出すパネルの案だってあったはずだ。しかしそれではエリマキトカゲになってしまう。それよりも、このアンテナで観測した世界に誇るブラックホールの中心から顔を出す方がクール(死ぬどころではない熱さのはずだが)じゃないか。ホールというくらいだから穴を空けてもバチは当たるまい。しかし、それではあまりにも突拍子もないのでは。いや、突拍子もないのがブラックホールだ、などという議論が昼夜分かたずなされたに違いないのだ。
そうした背景が想像されるこの顔出しパネルを前に「ともかく顔を出してみる」以外の選択肢は私にはなかった。結果…
実家の近くに緯度観測所があるので行ってみたのだが、まさかブラックホールの顔出しパネルがあろうとは誰が想像できただろうか? pic.twitter.com/m5uSY9MLvK
— 伊藤条太 (@ItoJota1964) October 28, 2020
…エリマキトカゲよりも意味不明でシュールな写真となってしまった。右側のジェット噴射のパネルすら可笑しいという不思議な写真である。
館内にはこんな展示もあり想像以上の密度だった。
同じ施設にあった人類の英知・パラボラアンテナの原理を説明する有無を言わさぬデモだ。 pic.twitter.com/aiejq5rMz4
— 伊藤条太 (@ItoJota1964) October 29, 2020
*本稿は、 入稿者と縁のある卓球コラムニスト伊藤条太氏によるゲスト寄稿です。国立天文台水沢VLBI観測所は2019年4月、人類初のブラックホール撮影に成功した国際チームEHTの日本代表で、パネルはその提案から画像解析までを手掛けた本間希樹所長(ここで顔を出してます)の案。水沢は明治維新の30年後に世界の天文観測に加わった聖地であり、古くは銀河鉄道の夜の宮沢賢治がたびたび訪れた場所でした。今も宇宙のかすかな電波を「昼夜問わず捉え、宇宙のかなたを見続けて」います。最寄り駅は水沢駅、大瀧詠一メロディーが流れる水沢江刺駅。
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科学&テクノロジー
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