冬から春にかけては、空気が乾燥する時期である。人生100年時代を生きる高齢者にとって日々の生活を苛立たせるのが肌の乾燥だ。
【画像】肌の衰えと関係が深い「抗酸化物質」を多く含んでいる身近な食品
乾燥はただかゆいだけではない。体を守る防御力を低下させると指摘するのは、山王病院(東京都港区)の佐藤佐由里皮膚科部長だ。
「皮膚(肌)は私たちの体の内部を守る非常に重要な臓器です。乾燥から皮膚を守るには湿度45〜60%が望ましいとされます。しかし、冬季は湿度が30%を切る事もある。室内ではエアコンなど暖房器具を使う事で、さらに乾燥してしまうのです」
水分を失い乾燥した肌は、「かゆみ」を生み出す
さらにコロナ禍が肌にも悪影響を与えている。
「手指のアルコール消毒が一般化しました。大事なことですが、一方で、肌の水分を蒸発させてしまうことも知って欲しい」(同前)
ただでさえ、乾燥しやすい冬に、コロナ禍によって、さらに肌が荒れやすい状況が作られてしまったのだ。水分を失い乾燥した肌は、「かゆみ」を生み出す。都内のひまわり医院の伊藤大介院長は話す。
「かゆみは炎症や乾燥などの肌へのダメージを、ヒスタミンを介して脳に伝えるものです。これは体がダメージの原因を除去させようとするサインなのです」
散歩は紫外線を多く浴びる時間帯を避ける
肌は加齢によって、若い頃よりも乾燥しやすくなる。
「2020年に発表された日本の大規模疫学調査では、高齢者の70%の肌が乾燥していると指摘されています」(同前)
肌の状態が悪化する原因は、女性の場合は閉経後のホルモンバランスの変化により皮脂の分泌が減少することが大きい。さらに長年浴び続けた紫外線も原因だという。
「日常的に紫外線を浴び続けると皮膚の細胞は傷つきやすくなります。日焼けの要因となるUVB(紫外線B波)は皮膚のDNAに直接作用してダメージを与える。さらに、体内奥深くまで影響するUVA(紫外線A波)はコラーゲン繊維(皮膚などを構成する成分)を破壊してしわの原因を作ってしまうのです」(同前)
健康維持に散歩をする高齢者も多いが、紫外線を多く浴びる時間帯は避け早朝や夕方などの時間帯にウォーキングをすることが望ましいという。また、冬季や曇天でも紫外線は照射されるので、肌が弱い人は、日焼け止めを塗った方がよい。
かゆみには内臓疾患のサインの可能性も
肌の防御力が衰えた高齢者は、病気にもなりやすい。前出の佐藤部長は、高齢者に多い病気を指摘する。
「60代以降の高齢者に、非常に多い肌の病気が、ドライスキン(老人性乾皮症)です。足の脛や腰、背中、お腹の回りの皮膚の表面に粉を吹いたりするようになる。放置して悪化すると皮脂欠乏性湿疹といって肌が赤みを帯びたり、強いかゆみを感じるようになる。皮膚自体も薄くなり、しわやたるみが目立つようになる場合もあります」
ドライスキンになると、かゆみのある箇所を掻きむしるなどして、さらに肌の状態を悪化させてしまう。かゆい部分を掻くと一時的に気持ちがよくなり、症状は抑えられた気になる。
「掻くとその箇所の肌の防御機能は衰え、さらに乾燥しやすくなります。そして、またかゆくなるという悪循環を生んでしまう。正常な肌の場合は、神経が肌の奥深くにあるので、かゆさを感じにくいのですが、炎症がくり返し起きることで、かゆみを感じ取る神経が、肌の表皮まで伸びてしまうことが原因です」(伊藤院長)
さらにかゆみには、「内臓疾患のサインの可能性も」と話すのは、北の森そごう皮ふ科の十河香奈院長だ。
「高齢の患者さんで原因不明の肌の乾燥とかゆみを訴えて来院される方を診察すると腎臓や肝臓の機能が低下していることもあるのです。また、糖尿病で血糖値が高い方も、かゆみが出る事があります」
かゆみだけでなく全身症状を伴う場合は、放置は危険だ。
「全身の疾患と皮膚に現れる異常の関連をデルマドロームと言います。赤みがある皮疹がまぶたに発生して、かゆみにむくみを伴う場合はヘリオトロープ疹という皮膚筋炎の可能性がある。さらに胃がんなど悪性腫瘍との合併率が15〜30%高まるといわれています」(伊藤院長)
たとえ病気でないとわかっても、「肌に亀裂が入るとウイルスが入りやすくなるので、高齢者は乾燥を放置せずに対策を取って欲しい」と識者たちは口を揃える。
「敏感肌にはワセリンがいい」
「まず見直して欲しいのは入浴方法です」と提唱するのは、早坂信哉・東京都市大学人間科学部教授だ。
「入浴によって肌は水分を取りこみますが、風呂上りの肌は入浴前よりも乾燥してしまう。熱いお湯に入る事で肌表面の皮脂や保湿成分が溶けだしてしまい、入浴後の乾燥が進むのです」
それを防ぐ為にはお風呂の温度が重要だ。
「38度と42度のお湯にそれぞれ入浴して、60分後の肌の水分量を調べた研究があります。どちらも入浴前より乾燥しますが後者の方がより乾燥していたのです。熱湯を避けて、41度までの湯につかることが、保湿のためにはよいでしょう」(同前)
入浴後の10分間が保湿のゴールデンタイム
乾燥肌を防ぐには「皮脂を落としすぎないか」も大きなポイントになる。
「高齢の方は『身体を洗いすぎない』ようにして下さい。あかすりやナイロン製のタオルでゴシゴシと洗うと角質を剥がしてしまうのです。石鹸やボディーソープも高齢者には毎日は不要。使いたい人は、素手で泡立てて優しく肌を撫でるように洗う、あるいは2日に1日は石鹸を使わない日にしましょう」(同前)
そして、特に高齢者にとって重要なのは、風呂上り直後の保湿であると早坂教授は続ける。
「入浴後、約10分で体の水分量は入浴前より減少します。その10分間が『保湿のゴールデンタイム』。乳液やローションを浴室内で塗って肌を保護して欲しい」
しかし、ドラッグストアでは多種多様な保湿剤が並んでいる。どのような基準で選ぶべきなのか。
「敏感肌の方はなるべく成分数が少ない保湿剤を選んでください。肌が赤くなりやすい人は、保湿剤などに含まれた成分でかぶれてしまう場合もあるからです。お勧めしたいのはワセリンです。純度が高く皮膚に保護膜を作る効果があります。通常の肌の方は、夏は油脂の分量が少ないタイプを、冬場は油脂の量が多いしっとりしたタイプをと使い分けてもいい」(伊藤院長)
無添加のワセリンは、ドラッグストアでは、数百円で売られている。種類も多いので、自分の肌に合うものを探しやすい。
保湿剤は塗り方にもポイントが
一方で、早坂教授は「セラミド」を含んだ保湿剤がお勧めだと言う。
「人の肌はレンガを積み重ねたような状態で、その隙間を埋めるのが保湿成分のセラミド。元元肌にあるセラミドは入浴すると溶け出してしまうので、保湿剤で補って欲しい」
保湿剤は塗る回数を今よりも増やして欲しいと話すのは、佐藤部長だ。
「保湿剤はお風呂上りや台所仕事の後はもちろんですが、ちょっと手を洗った後などに小まめに塗る習慣をつけて欲しい。体は1日2回、手には1日5回くらい塗って欲しいですね」
塗り方のポイントもあるのだという。
「手のひらでやさしくなじませるように広げる(顔にファンデーションをのせてのばす方法と同じ)のがいいでしょう。皮膚のしわに逆らって塗ったり、すりこまないでください」(同前)
とはいえ、体の中には塗りにくいところもある。そのようなときに無理に手を伸ばさずに、器具を使って欲しいと伊藤院長がアドバイスする。
「背中に塗りたいけれど、手が届かないという方には『セヌール』(数百円ほど)など、塗ることに特化した孫の手のような道具をお勧めしています」
肉や魚などで脂質を摂取
体の外から乾燥を防ぐ方法を紹介してきたが、体の内側の対策も重要だ。佐藤部長は、肌に悪い食品を多く摂ることは控えて欲しいと語る。
「アルコール類は脱水に関連するので、ほどほどにして欲しいです。また、香辛料なども、肌にとって刺激が大きいので、あまりかけすぎないでください」
では、逆に肌に良い食材とは何か。管理栄養士の安中千絵氏が教える。
「重要なのは脂質です。栄養の総量の約30%程度は脂質で摂取する事が望ましいでしょう。脂質と言ってもわざわざ揚げ物などを食べる必要はありません。肉や魚などに十分含まれています」
伊藤院長が強調するのは、肌の衰えと関係が深い抗酸化物質の重要性である。
「抗酸化物質の減少も肌の衰えに関連します。体内で作られる抗酸化酵素の量は、若い時に比べると高齢者は著しく減ってしまう。これによって肌はより傷つきやすくなるのです」
栄養素の吸収は食材単体よりも組み合わせた方が効率的
安中氏が推奨する食品がある。
「脂質と抗酸化物質を豊富に含んでいるナッツ類です。カリフォルニア・アーモンド協会は1日あたり約23粒のアーモンドを摂取の目安としています」
体が酸化する前、朝に摂ることが良い。さらに「抗酸化要素を含んだビタミン“エース”も重要だ」という。これはビタミンA、C、Eを含む食材のこと。「Aは鶏肉、豚のレバー、Cは芋類や柑橘類、Eは魚介類やアボカドなどに多く含まれています。緑黄色野菜にはビタミン全般が多く含まれています。栄養素の吸収は食材単体よりも組み合わせた方が効率的です。そこで、鶏の甘酢煮をお勧めしたいですね」(同前)
骨付き肉は酢と一緒に煮るとコラーゲンを含む軟骨部分などが食べやすくなる。
「コラーゲンはビタミンCと一緒に摂ると吸収率が高まるので、多く含んでいるパプリカを一緒に煮込むといいでしょう」(同前)
日常を少し変える事で、そのかゆみをなくすことは可能なのだ。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2023年3月2日号)
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